特別な記憶

小学校1年生に上がって間もない時でした。ご近所で評判の高名な書道家の先生が、小学生になったら生徒として受け入れて下さるという話をどこからか聞いてきた母に連れられ、先生のお宅に伺うことになりました。それは、子供時代の数少ない鮮明な記憶の1つとして、今もはっきり思い出せます。古風な日本家屋の玄関先には古びた木版に黒々とした墨で力強く『書道教室』と書かれた看板が掲げられていました。母と一緒に通された和室に正座して緊張しつつ待っていると、奥から白髪交じりで細身の初老の男性が現れました。当時は、「おじいさん」のように思えたのですが、今考えると、きっと先生は60歳前後でいらしたのではと思います。お茶とお菓子を頂いて、しばらくお話し、翌週から教室に通うことになりました。教室は離れにあり、おそらく20畳くらいはある広い和室でした。先生は廊下を背にして大きな机の前に座り、その前に小さな机と座布団が3列に並んでいます。時間が決まっている訳ではなく、大人でも子供でも順に来た生徒が空いた席に座り、それぞれに始めるシステムでした。

懐かしき書道教室に+1 !


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先ずは墨磨り
先生は、低い声で静かにゆっくり話す方でした。私を含め、子供の生徒もいるのですが、教室に入ったらとにかく静かです。自分で言うのもおこがましいのですが、子供の生徒は誰でも受け入れてもらえる訳ではなく、最初にご挨拶に伺った時の様子で先生が判断されていたようです。さて、教室に行くと、ふすまを開けてお辞儀をし、好きなところに席を見つけて座ります。なるべく音を立てないように道具を机に準備します。先生が静かに隣
書『道』というだけあって
先生から頂くお手本は、いつも美しく立派なものでしたが、文字の形状をそれに似たものに書き上げるということには、さほど重点が置かれていませんでした。筆の持ち方、力の入れ方と抜き方、息の仕方などが大切なことと教わりました。書き始めたら魂を集中して一気に書くこと、その集中力を蓄えるためにじっくり墨を磨ること。教室に行ったら、何枚書かなくてはいけないとか、授業時間が1回何分というような決まりもありません。ど
身に着くということ
ちょうど私が中学に上がる頃、先生が少し体調を崩されて、しばらく教室を休まれることになりました。残念ながらそれを機に、私もそのまま書道から離れてしまいました。ところが、ニューヨークに来て数年後、ひょんなことから子供達の通う学校で書道を教える機会を与えられました。何十年ぶりに、こちらの紀伊国屋さんで道具を揃え、アメリカ人の生徒を前に書道について話し、手本を書いてみせました。墨を磨ることの大切さから、書